ゆりはまウォーキングリゾート

東郷湖周“げんきウォーキング”プロジェクト

①羽衣石城

 室町時代の初めに築城されたと伝えられています。頂には遺構が残り、周辺にも多くの史跡があります。現在の城は平成2年に建てられました。
城跡は東郷湖の南、羽衣石川上流にある羽衣石山(標高372m)にあり、山陰道と東郷湖に臨む東伯耆の要衝でもありました。永禄から天正の年間にかけてこの地を治めていた南条氏の本拠地で、伯耆の支配権を巡り尼子氏や毛利氏が激しい攻防を繰り返しました。
山頂には1990年に建てられた三層の模擬天守と「羽衣石城主南条公累代碑」があります。それ以前にも、昭和6年に大阪在住の南条氏の子孫によって建てられた模擬天守があり、南条氏は平時は北にある小鹿谷に居館を定めていたと考えられています。

天女がくらした 羽衣石(うえし)山
〜羽衣伝説〜

東郷湖の南に、羽衣石という名前の村があります。
ここには天女が舞い降りたという神秘的な、物語がいまも残っています。

天女の水浴び
天女岩
 羽衣石山には、大きな石がありました。
そこに時折天女が舞い降りては、石に羽衣をかけ水浴びをしておりました。
ある日のこと、村の若い農夫が通りがかり、水浴びをしている美しい天女に心を奪われてしまい、思わず羽衣を持ち帰ってしまいました。
天に帰ることが出来なくなった天女は、村の灯りをたよりに農夫の家を訪ねました。これが縁で二人はそれから夫婦となり、一緒に暮らしました。
地上と天との間で
羽衣石城からの眺め
 やがて夫婦の間に可愛い娘が二人生まれ、とても幸せに暮らしていました。そんな中でも天女は時折、帰れなくなってしまった天の事を思い出しては、涙を流すこともありました。
風にのって
 夫が出かけたある日のこと、天女は娘から夫が屋根裏に隠した羽衣の事を聞いてしまいました。
見つけた羽衣をまとった天女は、あっという間に天へと舞いながら昇って行ってしまいました。残された娘たちは嘆き悲しみ、笛や太鼓を奏でては「帰ってきて」と願ったそうです。